山形は石造文化財の宝庫 2016/1/16 @西川町

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今日は、山形県西川町本道寺地区の新年会にお邪魔してきました。 さすが西川町。雪がしっかり積もってました^^; 部外者である私のお目当ては、 荒木志伸先生(山形大学)の講演会。 先生は、山形に来て15年。東京のご出身で、山形は第二の故郷だそうです。 県内では山寺・羽黒山・慈恩寺など(他にもあり)、 宮城では松島・瑞巌寺と、各霊場で石造調査をされており、その分野では有名な方です。

山形は、雪が降る地域でありながら、石造の保存状態がすごく良いそうです。 また東北では青森の恐山、岩手の中尊寺、宮城の瑞巌寺が有名ですが、 山形は一つの県にたくさんの霊場を持つ稀有な存在とのこと。 その割に調査がされてなく、専門家の中でも注目されているそうです。

家のお墓が石で建てられるようになったのは江戸時代からで、 およそ百年でデザインも変化しており、これらは全国共通だそうです。 また、江戸時代初期は一人一つの墓だったのが、江戸の中頃には夫婦で一つに。 これは“家の成立”を意味しているようです。 明治時代になると「○○家之墓」と“家の意識”が向上。 そして現在の墓は、個人の自由・個性が目立ち、中にはバイクの形の墓石もあるとか。 一方で墓入らないという方も増え、共同墓地など、江戸時代以前の姿に戻りつつある傾向にあるようで、お墓は時代や社会を反映しているといえます。

「国とか税金ありきだと、金の切れ目が活動の切れ目になりますが、本道寺は、地元の人が既に活動を始めていました。」と地元の人が調査時点から関わることの大切さを力説。 湯殿山信仰で栄えた本道寺の参詣者は、北関東からだけでなく、 太平洋側の福島や宮城県からも参詣者が来ていることが、石造を調査することで分かり、石造と景観が良く残されている本道寺の可能性を熱く語っていただきました。

地元の人にとってはアリキタリのものが、 外から又は専門家から見ると「大変可能性のある観光資源」に見える本道寺。 このギャップを埋めるには、もっと様々な立場の人に参加してほしいと強く感じました。

がんばれ本道寺!! そして、今年もお世話になります^^

ここまで読んでいただき、ありがとうございましたm(_ _)m

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