造山(つくりやま) 日枝神社

tukuriyamahiedajinja

2015年4月22日

コミュニティを元気にする ~村の神社の可能性~

今日のお昼前、
3歳の娘が「自転車に乗りたい!」というので、
自転車のうしろに乗せて、

近くの造山(つくりやま)という地区までお散歩しました。

お目当ては日枝神社。
庄内の山王神社より勧請したそうで、
明治初期まで山王権現として祀られていました。
山王権現は、
日枝山(比叡山)の山岳信仰、神道、天台宗が
融合して成立した、延暦寺の鎮守神だそうです。
祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)。
使いが猿なので、
昔この造山地区では、
犬は一匹も飼われていなかったそうです。
また、大正時代頃まで、
”疱瘡の神”として、近郷からの参拝者が多かったそうです。

神社の左手には、太神宮、湯殿山、光明真言などの石碑が。

太神宮の碑には、「嘉永五年四月」とありましたので、
1852年の5月中に建立されたようです。
農閑期に伊勢参りし、田植えが終わってひと段落したころに
この石碑を伊勢参り記念に建てたのでしょう。

湯殿山の碑は、
石英粗面岩という石で、とても堅そう。
おそらく寒河江市幸生(さちう)からもって来たものだろうとのこと。
おなじく光明真言の碑は、
真言宗智山派の影響でしょうか。

右手には、漢学者の菊地槃山の石碑がありました。
この方は、寛政五年(1793年)の生まれで、
江戸で塾を独立で構えたそうです。
その後、ご両親の不幸に遭い、
やむなく帰郷し、地元で塾を開きました。
この地方の私塾の魁のような方でしょうか。
その門下生が、(私の地元)西里で各々塾を開き、
盛況を極めていきました。
その私塾が、のちに明治初期の小学校につながっていくわけです。

田舎の
何の変哲もない小さな神社から、
その地域の様々なことが見えてきますね。
今度はどこをサイクリングしようかな^^

ここまで読んで頂き、ありがとうございますm(_ _)m

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